2022年10月16日日曜日

全人格を尽くして神を愛せよ

イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。・・・『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』(マルコ12・29)

 これ実に信仰生活の真髄である。この学者が問うてくれたればこそ私ども今日イエスの口からはっきりこのお答えを聞くことが出来るのは誠に神様の摂理に感謝せざるを得ない。イエスも快く答えておられる。

 先づ『心を尽くし』て神を愛する。『心』とはユダヤ人の心理学では理知を指す。第一に神を理解することが大切である。盲目な愛ではなく、よく神の御心を識るようにするのが第一中の第一である。

 次に『思いを尽くし』とある、『霊魂を尽くし』と訳してもよい字であるが、情の方面を指すと解してもよい。

 而して第三が『力を尽くし』であって、意志を傾けて神を愛するのである。すなわち知情意の全人格を尽くして神を愛するのである。

祈祷
神よ、先ず私に光明をお与え下さい。先ずあなたの愛を理解する知恵をお与え下さい。先ずあなたの大きな愛を知り、而してすべての情とすべての意志とを傾けてあなたを愛することが出来るようにして下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著289頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。

以下は、David Smithの『The Days of His Flesh』〈原書408頁、邦訳791頁〉より引用

18 主の裁定(his decision)

 斯くの如き面倒にして益なき争論をもってイエスを困らしめる考えで、その学者はイエスに近づいて『すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか』と尋ねた。『一番たいせつなのはこれです。「イスラエルよ。聞け、われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」次にはこれです。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」この二つより大事な命令は、ほかにありません。』とイエスは答え給うた。

 神の方面と人の方面に関するこの両方面において、宗教の要義は、これらの二箇条の連続となり、当時のラビの学派の最高の所産はすなわちこれであったと思われる〈ルカ2 ・27参照〉。イエスは斯く答えて当時の学派の教義に親しまれたことを示されたもので、この方面のみをもっても、彼らの反対は無意義であった。而してイエスの御姿にも御言葉の調子にもこの質問の身に浸〈し〉むものがあった。イエスの伝道の当初において彼らがイエスと会見せしむるためにニコデモを遣わしたときの如く、パリサイ人は今回もまた不幸にして彼らの代表者の選定を誤った。彼らはラビの神学に精通せる人物を選んだが、代表者は不幸にも篤信な人物であった。

 タルソのサウロの如く、彼は神の前に義たらんことを務め、律法を守ってもさらに効き目なきを実験していたのであった。彼の霊魂はイエスの裁断に応じて雀喜しつつ『先生。そのとおりです。「主は唯一であって、そのほかに、主はない」と言われたのは、まさにそのとおりです。また「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして主を愛し、また隣人をあなた自身のように愛する」ことは、どんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれています』と叫んだ。イエスは彼の答えの聡明なるに感じて、溢れる温情をもって『あなたは神の国から遠くない』と仰せられた。

 これその間に介在せる十字架に対する召命であった。而して何人もこの学者のこの後の行動を知らんと欲すること切であろう。彼は果たして恩寵あふるる召命に服従して決然たる行動を取ったのであろうか。

一方、クレッツマンはその『聖書の黙想』で次のように述べる〈同書196頁〉

 律法の中心は一つしかない。第一の、そして唯一の要求は愛である。

「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」という言葉に要約されている。

 イエスに質問した律法学者はイエスが正しく答えたことを否定するわけにはいかなかった。事実、彼自身この律法の要約に、多少手を加えて、そのような愛が「どんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれて」いることを指摘した。イエスの言葉は彼に深い感慨を与えたのである。そこで、イエスは励ますようにこう言われた。「あなたは神の国から遠くない」。この男は後に、イエスに従う者の一人となったのではなかろうか。

 私たちは真理に心をとらえられた時は、必ずそれに従うものでなければならない。)


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