2022年10月2日日曜日

デナリ銀貨(2)心に刻まれた神の像

彼らは持って来た。そこでイエスは彼らに言われた。「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか。」彼らは、「カイザルのです。」と言った。(マルコ12・16)

 カイザルの像がついている貨幣を用いていることはすでにカイザルの主権を承認しているではないか。されば税金をカイザルに納めるのは当然であるとの論法であって、かかる貨幣をユダヤに流通せしむべきものであるか、あるいはこれに反抗すべきものであるかの政治問題には触れ給わなかったのである。

 ユダヤが独立すべきものか、否かの問題はイエスにとっては大きな問題ではなかった。むしろさらに深い根本問題を暗示して『あなたの心にある像と銘とはだれのであるか、人は神の像に造られているはずではなかったか』と反問しておられるのである。

 もしユダヤ国独立の問題が大切であるとすれば、それは先づ神との問題が解決してから後のことであると言外に言っておられるように思われる。社会問題も大切であろう。けれども自己の良心と神との問題を忘れて社会問題の解決に走っても駄目である。

祈祷
神よ、あなたは私たちのうちにあなたの像を刻んでおられます。然るに私たちはこれを汚し、これを塗り消し、これを打ち壊しつつあります。願わくは、先づ私たちのうちにあるあなたの像を鮮明なるものとして下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著275頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。讃美歌360https://www.youtube.com/watch?v=OjsCFbF62CM  )

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