2022年10月18日火曜日

畢生の努力、神を愛すること(下)

心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。(マルコ12・30)

 愛は心の奥から自然に流れ出る泉でなければならない。しかし、心の泉もこれを養う雨露が無ければ枯れる。愛はおのづから生ずべきものではあるが、同時にこれを培い養うの努力を要する。努力と勤勉とは他の世界において必要である如く、愛の世界においても必要である。

 猿が赤児のために苦労するけれども、赤児が成長して独立するに至ればこれと食物を争うが如き種類の本能的愛は私どももかなり持ち合わせている。度々至上だと称せられる恋愛の如きも、世上一般に見受ける代物はこの部類に属する。

 真に至上である神への愛の如きは『力を尽くして』練習しなければ到底得られるものではない。しかもこの『力』さえも神から与えられなければ挫折してしまう。

祈祷
知恵と力のもとである神よ、願わくは、私に力をお与えください。あなたを愛する練習を為す力をお与え下さい。この大いなる仕事のために猛練習をなし得る力を私に与えて挫折することなく、日々勤勉なる愛の練習を為すことを得させて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著291頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。讃美歌163https://www.youtube.com/watch?v=ANTB1Rrk_XE )

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