2022年10月24日月曜日

知者であったが、勇気がなかった学者

そこで、この律法学者は、イエスに言った。「先生。そのとおりです。・・・どんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれています。」(マルコ12・33)

 この学者は文字だけの学者ではなかった。生きた学者であって、よくイエスの精神を解し、これに共鳴する心さえあった。もちろん最初は他の仲間の学者らと同じくイエスを陥れようと思って来たのであろうが、イエスのお答えの一つ一つがあまりに立派であるのに心惹かれて遂に共鳴をさえ感ずるに至ったのであろう。

 『全焼のいけにえや供え物』と形式とに宗教を見出していた学者としては確かに眼の開けた人であった。イエスはこの人に『あなたは神の国から遠くない』と言い給いて、今一息で神の国に入るであろうと奨励された。

 しかし惜しいかなこの学者には勇気が欠けていたようである。タルソのサウロのように立派な地位を捨ててイエスの弟子となる勇気がなかった。神の国に遠からずしてこれに入らぬ者は、この学者一人ではあるまい。

祈祷
神よ、私に信仰の勇気をお与え下さい。私に信仰の冒険をお与え下さい。私に信仰の飛躍をお与え下さい。あなたの国に遠くないところにとどまることなく、跳躍してあなたの懐に飛び込むことを得させて下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著297頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。)  

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