2024年3月22日金曜日

春嵐と古利根川

春嵐 波立て進む 鴨の群れ
 このところ、日差しが一段と豊かになってきた。しかし、一方では「まだまだ気が早いぞよ」とばかりに、連日冷たい北風が春嵐となって吹き荒れている。こんな時に、散歩を試みるのは愚の骨頂なのだろうか。いつもどおりに、古利根川に近づいた。途端にゴーゴーと風音がした。「青空に 雄叫び上げる 春嵐 」と詠まざるを得なかった。歌の世界は現場で生まれるものと実感した。今朝の迫田さんのホームページ(※1)には美しい鳥の写真が載っていた。そこには春の光が鳥に差し込んでいる様が詠み込まれていた。千葉と埼玉では隣県同士なのだが、春は各地で様々な風景を見せているのだなと思わざるを得なかった。

丘に上がる鴨
 ところで、今朝からこの鴨の姿を何とか俳句に詠み込めないものかとあれやこれやで頭をひねくりまわしていたが、一つの真実に思い至った。それは一般に「水鳥」と言われている鳥の、生活圏を知っての発見だった。「陸海空」とは、防衛に必ず登場する三軍の名称だが、水鳥はまさに一身にして「陸海空」を生活圏に収めている覇者なのではないかという思いである。左隣の上の写真はまさに陸地の鴨である。この写真では五羽程度しかとらえてはいないが、実は画面の右側にも左側にも鴨はいたのである。彼らは丘に上がって、せっせと春の若草を餌にしてだろうか、一様に啄んでいたのである。左一羽が最後まで頑張っているが・・・。他の鴨は私が近づいたので、そろそろ逃げの態勢を取り始めているのだ。

飛び立つ鴨
 次の瞬間、彼らは一様に飛び立った。もはや、春嵐ものかはとばかり、川央(かわなか)へと・・・。最初の写真をよく見るとわかるのだが、手前に左岸が、向こう側に右岸がそれぞれ写っている。鴨たちは果たして向こう側にまで行ったのだろうか。そこまでは確かめなかったが、川央こそ彼らの生活の中心であるからして、そこは安住の地ではなかろうか。時たま、川内の魚だけでは足りず、ビタミン不足を補う(?)ために、河岸まで遠征していたのに、不意の闖入者に驚いて逃げ帰ったのであろうか。そう言えば、この時、一声が聞こえていた。あの「ヒョーオー」という独特の行軍指令(?)である。左上の写真は今まさに飛び立ったばかりの写真である。

 遠く世界一の長大なナイル川で全世界の耳目を集めざるを得なかったことが起きたこと(※2)に比べれば、古利根川のごとき、小さな小さな世界である。しかし、たとえどんなに小さくてもそこにも主の御目は届いていることを思うと襟を正さざるを得ない。なお、一番下の聖書の引用はナイル川より引き出されたかのモーセが述べた主の真実性をあらわすみことばである。

※1 なお同氏の写真は以下のサイトで観察できる。https://www.sakota575.com/%E4%BD%9C%E5%93%81%E5%B1%95%E7%A4%BA%E5%AE%A4%E2%91%A1/

※2 しかし、この出エジプトの出来事は『十戒』の映画の素材としては有名であるが、世界史からは完全に無視されている。

主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実、あなたがたは、すべての国々のうちで最も数が少なかった。(旧約聖書 申命記7章7節)

1 件のコメント:

  1. HPご紹介、ありがとうございました。
    一日に一句と写真、2行のコメントと決めています。あれこれ書きたくても、この範囲に収める。文の精選?
    書き手の思いがよく伝わる「泉あるところⅡ」もまた別の魅力が。

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