2012年11月8日木曜日

ゆるし ハーマン・ゴッケル

この手のわざが
罪あるこの魂を 救えるのではない
この働く肉体の いさおが
わたしの霊を 正しくするのでもない

わたしがふれ わたしがするわざも
神との平和を 与えはしない
わたしの祈りが といきが なみだのすべてが
おそろしい重荷を になうのでもない

ただ あなたのみわざのみが ああキリストよ
罪のこの重荷を やわらげます
ただ あなたの血潮のみが ああ神の小羊よ
わたしに 内なる平和を 与えてくれます

わたしの あなたへの愛ではなく ああ主よ
わたしへの あなたの愛が ああ神よ
この暗黒のおののきを 取りのけて
わたしの魂を 解放してくれます
ただ あなたの恵みのみが ああ神よ
わたしに ゆるしを語ってくれます
ただ あなたの力のみが ああ神の子よ
この痛ましいなわめを 破ってくれます
神のキリストを ほめうたいます
神の愛に 身をゆだねます
くちびると心に ためらいもなく
わたしは救い主を わたしのものと呼びます

(『イエスが私に意味するもの』柴田千頭男訳)

こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。(新約聖書 ローマ8・1)

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