2022年11月21日月曜日

最後の晩餐(上)

主イエス わたしを覚えて と言われた※
確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。(マルコ14・21)

  ユダといえども最初からイエスを売るつもりで弟子になったのではあるまい。三年間共に弟子であったヨハネのいうところによればユダは財布をあづかってその中から窃に『盗んでいた』(ヨハネ伝12章6節)ところから次第にイエスから遠ざかって行ったらしい。ついに『生まれなかったほうがよかった』と主が嘆息し給うところまで堕ちてしまった。

 金銭をあまりに愛する者は恐ろしい誘惑に陥りやすい。『生まれなかったほうがよかった』とは実に強い言葉であるが、それは来世にまで延長する苦痛の生存を意味するものと見てよかろう。しかし主はユダを呪うためにこのように言ったのではない。彼を惜しんで言ったのである。

 ご自分の死については神のご計画により、聖書に預言されたとおりに『逝く』のだと言って、天の父の許しなくば一羽の雀も地に落ちない(マタイ10章29節)と言う信仰をご自分の場合にも動かし給わなかった。

祈祷
主よ、願わくは私を救ってユダの滅びより私を遠ざからせて下さい。『生まれなかったほうがよかった』との声を聞かない前に、すべての誘惑の第一歩から先ず私をお救い下さい。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著325頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけた。

クレッツマンは『聖書の黙想』の中で、マルコ14・17〜31を一区切りにして33「ユダの裏切りの心、イエスの誠の心、ペテロの不実の心」と題して以下のように述べる。〈同書217頁以下〉例によって総論の部分から

 今一度、私たちはユダに注意を向けなければならない。裏切りの心に導かれるままに、彼はサタンの張りめぐらした罪の網目の中へ、深く、深く、引き入られて行った。しかし、それだけにいっそう、私たちはイエスの心の真実をたたえるのである。彼はあらゆるやさしさを尽くして、身を誤ったこの弟子を訓戒し続けられた。私たちもまたーーユダ同様にーーキリストの真心のご配慮を受けなければならないものである。私たちを思いやられて、主は罪の赦しのために、ご自身のからだと血の礼典を定めらた。いつわりに満ちた心によって、致命的な危険へと追いやられたあのペテロの心弱さも、私たちのために記されているのを見る。

以下は各論にあたる。

 まことの信仰心を抱くすべての人にとって、意味深い一夜となったあの運命の宵は訪れた。その夕べの美しさは、今しも、あることによって、だいなしにされようとしていた、裏切り者がその場にいたのだ。

 主は彼の同席を責めることなく、道を誤ったこのさまよえる仔羊に、深く心を注がれた。そして、今ご自身の手から受けるパンを食べている親しい友の中の一人が、ご自身を売ろうとしていることを、弟子たちすべての前で、非常に熱をこめてあらわに語られた。これを聞いた人々が皆、驚きあわてたことはいうまでもない。誰もかもが自分ではないかと思い、心をかき見出され、悩みながら、ひとりひとり、尋ねた。

 「まさか、わたしではないでしょう」。

 この問いに対する主の答えはユダにとって、まだ手遅れにならないうちの、最後の警告となるべきものだった。十二人の弟子の一人、主とともに皿にものを浸している者、料理の一つであるにが味の汁に浸したパンを主から渡された者、その者こそは主が、すでにその欺瞞と罪をご承知であられることを悟るべきなのだ。しかし、これは非常に巧みな方法でなされたので、主が誰のことを指して言われたのか、わかった者は、おそらく、ペテロとヨハネ意外にはいなかったと思う。

 とは言え、ユダは、今日の裏切り者と同様に、サタンがまさに自分を捕らえようとしていることは知っていた。主の死は前もって定められ、久しく以前から預言されたことだった。単にユダの罪ばかりでなく、私たちの罪がこれを必然的なものにしてしまったのである。

 しかし、そうかといってこのことは、裏切り者の罪を軽くするものではない。彼にとっては失われた魂が永遠の苦悶を忍ぶよりも、生まれて来なかった方がよかったであろう。耳の中に響き渡るこの最後の警告を聞きながら、ユダは闇の中へ消えて行った。イエスの誠の心はすべての失われた子らの上に注がれる。弟子たちとともに過ごしたあの最後の夜も、イエスはご自身のありとあらゆる子らに思いを寄せられ、彼らの信仰を強めて、最後までーー御自身が再び来たりたもうその日までーー彼らを信仰の中に保つ必要があることを心にとめられていたのだ。(以下は明日に続く)

一方、A.B.ブルースはその『十二使徒の訓練』下巻の第22章で わたしを覚えてーー十字架についての第四の教えーーと題して『最後の晩餐』について20頁ほどの文章を表している。今日から三回に分けて以下に書き写す。

 主の晩餐は、イエス・キリストにささげられた記念碑である。「わたしを覚えてこれを行いなさい。」ベタニヤで、イエスは、福音が語られるとき、マリヤが覚えられることを願うかのように語られた。晩餐の間で、イエスは、ご自分が覚えられるようにという願いを表明された。イエスは、マリヤの物語を繰り返し語らせることによって、彼女の愛の行為を祈念させた。そして、世の終わりまで全時代を通じて繰り返される象徴的行為によって、ご自身の愛の行為を祈念させた。

 晩餐の儀式は、記念することのほかに、主の死を解釈することにおいても役立つ。 それは、この厳粛な出来事〔主の死〕の意味に重要な光を投じている。事実、この象徴的祝宴の制定は、ご自分の犠牲による贖罪の教理に対して、その伝道の生涯を通じてイエスが果たされた最も重要な貢献であった。そこから、これまでイエスが行ったどのわざ、語ったどのことばよりも明らかに、十二弟子は、彼らの主の死が贖罪的性格を持っていると考えるようになったであろう。いわば、それによってイエスは、弟子たちにこう言われたのであるーー「近づくわたしの受難は、神の計画やわたしの期待に反して起こった、単なる災難とか暗い不幸と見るべきではありません。わたしやあなたがたの上に、また、わたしたち全部にとって大切な主張に対して、不敬虔な人々によって加えられた致命的な一撃と見るべきでもありません。また、善のために打たれる悪とも見るべきではありません。それは、わたしの受難の目的をだめにするどころか、それを成就して、世界に祝福の実を豊かにもたらす出来事と見るべきです。人々が悪と呼ぶことを、神は多くの民を救いに導く手段として善とされます。わたしの血が流されることは、一面では邪悪なユダヤ人たちの犯罪ですが、別の面ではわたし自身の自発的行為です。わたしが自分の血を注ぎ出すのは、罪の赦しを与えるという恵みに満ちた目的のためです。わたしの死は新しい時代を開き、新しい契約を定めるでしょう。それは目的を果たし、その結果、モーセ律法の儀式における多くのいけにえ、わけても、いま食べようとしている過越の小羊にとって代るでしょう。これからは、わたしが神のイスラエルの過越の小羊となり、彼らを死から守ると同時に、永遠のいのちのパンとして、十字架につけられたわたしの慈愛によって彼らの魂を養うでしょう」。

 これらの真理は、どれほど弟子たちにとって聞き慣れない、物珍しいものだったとしても、私たちには非常に親しみ深いものである。私たちは、聖晩餐によってイエスの死を説明することよりも、イエスの死によって聖晩餐を説明することに慣らされている。しかしながら、ここでは説明の過程を逆にするのが有益であろう。そして、新しい宗教的シンボルの制定の証人として、私たち自身を十二弟子の立場に置き、それによって想起される出来事の意味と、その犠牲が予表しようとしている意味とを再発見することに努めよう。それから、この古い記念碑の傍らに立ち、その風雪を経た表面に刻まれた古代文字を読み取ろう。

一、第一に、私たちは即座に、この記念碑が指しているのはイエスの死であることを知る。それは単にイエスのことを全般的に覚えるためだけではなく、特にイエスの死を覚えるために設けられている。すべてのことは、カルバリで起ころうとしていたことに向けられている。パンを裂き、ぶどう酒をつぐ聖餐式の行為は、明らかにそのように思われる。聖晩餐の制定においてイエスが語られたことばも、すべてご自分の死に言及しておられるものである。「これはわたしのからだです」「これはわたしの血です」と、イエスがご自分の体と血との間に設けておられる区別から、イエスの死の事実も方法も暗示されている。体と血は生においては一つであり、死によってーーあらゆる種類の死によってではなく、犠牲のいけにえの場合のように流血を伴う死によってーーのみ両者は分離される。その体と死とに付された形容語句は、死をいっそう明らかに示している。イエスはご自分の体を、「あなたがたのために与える、わたしのからだ」ーーあたかも殺害され、いけにえとなって「裂かれる」かのようにーーと言われ、ご自分の血を、「あなたがたのために流されるわたしの血」と言われる。それから、最後に、新しい契約の血としてまさに流されようとしている血について述べることにより、救い主は自分が言及していることをはっきりと示しておられる。遺言が発効するには、遺言者の死を必要とする。普通の遺言者は普通に死ぬかもしれないが、新しい契約〔遺言〕の遺言者は犠牲的な死に方をしなければならない。というのは、新しいという形容詞は古いユダヤの契約との関連を示しているからである。古いユダヤの契約は、雄牛の全焼のいけにえと和解のいけにえーーその血は祭壇の上と民の上とに注ぎかけられ、モーセによって「契約の血」と呼ばれたーーによって批准されたのである。

二、主の晩餐が特に主のを記念するものであるという事実は、その死が非常に重要性を帯びた出来事だったことを意味する。そのように重要な目的で象徴的儀式を制定するにあたり、イエスは、いわば弟子たちと私たちとにこう言われたーー「カルバリに目を注ぎ、そこで何が起こるかをしっかり見なさい。そこで起こることは、わたしの地上生涯における重大事です。ほかの人々は、自分たちが覚えられるに値する生を生きたゆえに、彼らの記念碑を建ててもらいます。わたしは、わたしが死んだゆえにーーわたしの生を忘れないためではなく、特にわたしの死を心に留めるためにーー、わたしの記念碑をあなたがたが建てるようにと願っています。それはわたしの死そのもののために祝われるのであって、終わりある生のために祝われるものではありません。ほかの人々の思い出は、彼らの生誕記念日を祝うことによってはぐくまれます。だが、わたしの場合、記念祝典には、わたしの誕生の日よりも、わたしの死の日の方がふさわしいのです。わたしがこの世に誕生したことは、驚くべき重大事でした。だが、わたしが十字架につけられて世を去ることは、さらに驚くべき重大事です。わたしの誕生については、祝祭的記念は必要でありません。しかし、わたしの死については、わたしが再び来るまで、聖晩餐によっていつも覚えられていなければなりません。わたしの死を充分に思い起こすことにより、わたしの地上生涯のすべてを思い起こすのです。なぜなら、それは、わたしの地上生涯のすべての秘訣であり、完成であり、冠なのですから」。

 それにしても、これほど注目すべき全生涯を通じて、なぜ、このように死が記念のために選び出されたのだろうか。それが抜擢されたのは、その悲劇性にあったのだろうか。十字架につけられた方〔イエス〕は、彼の死の悲しみの記憶を新たにすることによって、私たちを興奮させ、同情の涙を誘うために、彼の名で知られた晩餐を単にその受難の劇的な再現となさるつもりだったのだろうか。そう考えることは、キリスト教の祝祭をアドニス〔ギリシヤ神話で美の女神ヴィーナスに愛された美少年〕の異教的祝祭の水準に引き下げてしまうことであった。

 年ごとに覚えるアドニスの
 レバノンにおける傷は、夏の日の一日中、
 甘い恋の唄の中で、彼の運命を嘆くように
 シリヤの娘たちは誘った

 それとも、イエスが永久に覚えられるように願ったことは、彼を十字架につけた悪者たちが神の御子に行った卑劣な悪事と恥ずべき侮辱だったのだろうか。聖晩餐は、聖なる方を木に打ちつけることしか知らず、彼よりも犯罪人を思いやった世に、永遠の汚名を着せるために制定されたのだろうか。確かに、この世はそうした非難を受けるに値した。だが、人の子は罪人をさばくためではなく、救うために来られた。ご自分の遺恨のために、あるいは、ご自分を殺した者たちの不名誉のために永遠の記念碑を建てることは、彼の愛の本性に反することであった。イエスの血はアベルの血よりもはるかにすぐれたことを語っている。

 それとも、この新しい象徴的儀式を行うことによって、イエスがご自分に従う者たちの思いにご自分の死をいつも刻みつけておくように教えられたのは、十字架上の彼の死が、その侮辱と恥辱にもかかわらず、真理と義のために彼が誠実を尽くしたことのあかしとして栄光に輝くものであったからであろうか。晩餐の祝宴は、初代教会が殉教者の死を記念した祝宴と同じように厳粛なものであったと見なされるべきだろうか。主の晩餐〈Corena Domini〉は偉大な最初の殉教者の誕生祝賀会〈natalitia〉にすぎないのだろうか。ソッツィーニ主義者はそのように私たちを信じさせようとした。なぜ主は、ご自分の十字架を覚えることが特別に教会で祝われるように願われたのか、という問いに対して、ラコウ教理問答はこう答える。「キリストのすべての行為のゆえに、その自発的に耐え抜かれた死は、彼にとって最も偉大な、最もふさわしい行為であった。キリストの復活と高挙はさらに偉大なものであったが、それはキリストの行為というよりも父なる神の行為であったからである」言い換えると、キリストの死は、ご自身が進んで真理のためにあかしをした最も顕著で崇高な行為であり、気高く危険な預言者の働きに自己犠牲的な献身をもって答えた高尚な生涯の輝かしい仕上げであったゆえに、まず第一に覚えられてしかるべきである。

 キリストの死がまさにこれであったことは、もとより真理である。その死が一つの殉教の行為として覚えられるにふさわしいものであることも、等しく真理である。だが、イエスが聖晩餐を制定したのは専ら殉教としてのご自分の死を記念するためであったのかどうか、という点は別の問題である。この点については、キリストご自身のことばから真理を学ばなければならない。では、この問題についてのキリストのみこころを知るために、聖晩餐制定の物語に戻ろう。

※「最後の晩餐」の絵を12年前に本ブログに掲載していた。と同時にそれにまつわる話もすっかり忘れてしまっていた。以下は、その記事である。https://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2010/02/blog-post_26.html )

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