2023年2月22日水曜日

救いを得させる神の力

白梅に 懐かしき人 想う春
 火曜日は原則として、ベックさんの『すぐに起こるはずのこと』という、ヨハネの黙示録の講解メッセージを聞くことにしている。11時から始まって大体一時間弱で終わるメッセージだが、初めから終わりまで目を見開いてしっかり聞いていることは極めて少ない。

 この日も御多分に洩れず、途中眠ってしまった。またそれが快い眠りになるからこれが応えられない。それならわざわざ聞かなくっても良いとも言えそうだ。でも来週になったらまた聞いているから不思議だ。もっとも聞き逃したところは、すでに本になっているから、目で確かめられる。

 私が聞いているのは、その本の母体となった講解を録音したもので、よくもこれだけのボリュームのある内容を、しかもドイツ人であるベックさんが日本語で語り得たものだとほとほと感心してしまう。

 そんないい加減な私でも今日の個所で印象深いみことばがあった。それは次のみことばであった。

私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって救いを得させる神の力です。(新約聖書 ローマ人への手紙1章16節)

のパウロの言ったみことばだ。「福音には、救いを得させる神の力がある」とベック兄が言われたことが印象に残った。

 今日の写真は私のかつての通勤友達Oさんのお庭にあった白梅を撮らせていただいたものだ。1973年から1976年まで私は自宅である団地の最寄駅のせんげん台駅から勤務先の足利市駅まで通っていた。そのころ、隣駅の春日部駅からではあるが、やはり足利市駅まで通っておられる方がいた。その方がO氏であった。O氏は足利の職工さんだった。ふたりは東京方面とは逆方向に向かう数少ない通勤仲間として、いつしかことばを交わすようになり、すっかり親しくなった。おまけに名前はお互いに「ひろし」だった。

 その後、不思議なことに、私の職場の最寄駅が草加駅になった時、今度はO氏も足利の仕事がだめになって、草加駅に通うようになった。またしても再び互いに通勤仲間となった。それから2年ほどして1978年に私が現住所に団地から引っ越して来た。何と、その同じ通りの数軒向こうに、O氏は自宅を構えておられたのだ。白梅が咲き乱れているそのお家である。

 私はもちろん彼と通勤仲間となった最初から福音を伝えようとしていた。しかし、彼は拒んだ。「自分たちのような職業のものと、あなたのような人とはちがう」と言われたのだ。この方はイエス様が大工の子であることを知られなかった。でも二人は、引き離そうにも、もはや離れられなくなった。彼は通勤のたびに私の家の前を通らければならなくなってしまった。

 私はその引っ越して来た家に10年近く住んでいる間に、いつの間にか自宅で家庭集会を開くように導かれた。私は当然のように今度こそという思いで、彼を集会に誘った。ドイツ人であるベックさんが来て福音について話をするから、と(※)。しかし、彼はまたしても断った。

 その数年後に彼は亡くなった。

 「福音には救いを得させる神の力がある」という絶対的な真実があるのにみすみす無駄にしてしまった。私自身にO氏が心の距離を感じた何かがあったのだろう。O氏の前で、イエス様のように十字架をものともしないへりくだりが備えられていたら、信仰を分かち合い、「兄弟」として、天の御国に送り届けられたのだろう。

※ベックさんについてはhttps://straysheep-vine-branches.blogspot.com/2016/08/blog-post_23.htmlなどご覧ください。 

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