2012年3月22日木曜日

わからなくても、主よ、あなたを愛させてください!

 1
キリストがたとえ千回、      ベツレヘムに生まれたとしても、
もし主が心の中に生きなければ、  救いの恵みはない。
ゴルゴダの十字架が、       あなたを救うのではない、
内側の十字架が、         あなたをいやすのである。
(復)
おお、キリストの十字架、     あなたを心の中に受け入れる、
自己の支配から出て、       わたしを完全に神の命で生きさせたまえ。


人よ!あなたが何かを愛するなら、 あなたの慕うそのものに似てくる、
もしちりを愛するなら、ちりに、  もし主を愛するなら、主に似る。
自己が出て行けば、神が入り、   自己に死ぬなら、神が生きてくださる、
あなたがなければ、キリストがあり、何もなければ、万物を得ている。


もし神を認識しようとするなら、  「愛」こそ最短の道である、
もし知恵を使わなければ、     回り道しなくてすむ。
もし自分のためでなく、      何の利益も求めないなら、
あなたの霊は神の愛で満たされ、  あなたは神の聖なる心となる。

(『ウオッチマン・ニー全集第23巻』230頁から引用 。詩は私の心を浄化する。キリスト者の詩は私に生きる希望のよすがを与える。ちりに等しき罪人にすぎない私が主なる神を心から愛する者と変えられ、神の御性質にあずかる者と造り変えられるからだ。)

人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。(新約聖書 1コリント8:2〜3)

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