2016年5月28日土曜日

昼夜あなたのうちにおられるキリスト

芝生の上での運動会※

わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます(ヨハネ14・23)

 「どのようにしてそんなことが可能か」と言わないで、マリヤのように「どうしてそのようなことになりえましょう。」(ルカ1・34)と言いましょう。たとえその流儀でなくとも、その神秘な方法は私たちが賛嘆する驚異を把握するために啓示されています。「こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。」(エペソ3・17)それはすんでのところで余りにも不思議なのであえて口に出すことができないのです。キリスト御自身、私の王が私のところへ来て、私のうちに入ってくださるのですから。私のまさしく心のうちに住み続けてくださるのです。

 終日終夜私がどこにいようとも私が何をしていようともほんとうに心のうちにいてくださいます。私の貧しくもふさわしくない心のうちに、このまさしく今の瞬間にもいてくださるのです。そしてこれだけが神ご自身の愛から流れた恵みが疑いの障害を壊した理由です。そして主を求め主を迎える信仰を与えてくださった理由です。ちょっと立ち止まってそのことに気づきましょう。
 
再びその聖なる波風が力をもって襲った
そしてめいめいの気弱な願いを
より強力な情熱にまで煽った

彼(ペテロ)は言った
私に、水の上を歩いてここまで来い、
とお命じになってください。」(マタイ14・28)
彼はそのままでやってきた、その記憶すべき夜に

見よ。戸の外で待っておられた王は
救うために、治めるために
そしてもはや出ては行かれないお方として
入って来られた  

(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/may-28-christ-in-you-day-and-night/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97313です。短いが含蓄のあるハヴァガルの文章です。また訳しづらい文章の連続でした。想像を逞しくして訳しました。読者諸兄の賢明なご助言を切に請います。

※今日は各地で小学校の運動会が開かれた。私たち夫婦も孫から出席依頼を受けて出かけた。全校の子どもたちが伸び伸びとそれぞれ与えられた場で懸命に競技している姿に心洗われる思いがした。) 

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