2010年2月3日水曜日

『花みずきの道』 河相洌著(文芸社 2010年2月刊行)


 昨年末、一冊の本の進呈を受けた。著者からの贈呈であった。著者は言うまでもなく『ぼくは盲導犬チャンピイ』の著者である。ご高齢で、現在病を得ておられる。その著者がこのような小説をものにされるというので驚かされ、すぐ手に取って読んだ。200頁ほどの作品は普通の本に比べれば分量は少ない。しかし、読了一遍、清澄な印象が体内に満ちた。著者が要望されるように若い人に是非読んでいただきたい本である。

 小説とは言え、ほぼ事実に近いのではないだろうか。主人公は恭子という旧満州大連療病院院長森山洋介を父に持つ女性である。叙述は終戦間際の大連にソ連軍が侵攻してくるところから始まる。この小説の文体は、すべて小気味良い短文からなり、明晰である。したがって、ソ連軍侵攻の背後の複雑な国際関係から、戦後の米ソ対立を予感させるできごとも、著者の手にかかって簡潔に語られている。簡にして要を得た叙述だ。そのような事態を経験せず知識でしか知ろうとしない私のような者にも事実が直裁に伝えられるので有難かった。

 その上、大状況である敗戦日本社会で戦中、戦後にかけて大陸から日本へと引き上げ、翻弄されざるを得ない人々の姿が、人間悪に目をそらさずに、端的に描かれてゆく。そのような中で隣人愛に生きて難民を収容した人々の献身的な生き方に恭子が捉えられ、求道の道が始まる。前半はそのことに焦点が絞られている。恭子が神に出会い、神にすべてをささげようと歩み出すのがその部分である。

 戦後数年経ち、本土の尾道に引き上げた恭子の父はその後富士山麓富岡村に医院を開業する。恭子は父の勧めもあって東京での学生生活を送ることになる。そして親戚の幼馴染で外交官の子息である河村清二と再会する。小説の後半部にさしかかるあたりに展開する、西荻近辺にあった清二の家を訪問する、Ⅷ思わぬ出会いの場面がそれである。清二とは幼い時に母方の親戚同士ということもあって、旅順で家族ごとの交流があったが、以来会っていなかった。思わぬ出会いとは、その時清二は失明していたからである。

 以下Ⅸ富士揺らぐ、Ⅹ聖ヨゼフ修道会、ⅩⅠ男心、女心、と続き、最終章のⅩⅡ父と子と一気になだれ込んでいく。恭子が修道会に入るか、それとも失明した清二の妻となるか大いに悩むのが後半のテーマでもある。そしてその両者の間に恭子の父洋介の娘を思う愛、また清二を信頼する愛が見える。そしてそれらすべての背後に目に見えない神の愛があることが描かれる。最終章の洋介の言葉を抜き出そう。主のみ心を求めた結果、清二との結婚を決意した恭子が、その矢先結核になり、安静を命ぜられる。結婚を逡巡する恭子に父が語る場面だ。

「恭子。お前、弱気になってはいけないよ。今は良い薬が出来てきたし、私が必ず治してみせる。だが本人が弱気になっては、病気に負けてしまう。それに清二君がこんなに優しい手紙をくれているじゃあないか。普通の縁談なら壊れているだろうさ。だけど彼は一年でも二年でも待つと言っているんだよ。お前達はただの仲じゃあない。心と心が一つに溶け合っているんだ。お前がどうしても修道会に行くと言った時、私は清二君に留めてくれるよう頼んだ。彼の一言が、お前の気持ちを変えたのだ。それほど二人の心は一つになったんだね。清二君はお前を一人にはしておかないと言っているよ。お前も彼を一人にしてはいけない。お前達は神様に召されたのだ。軽率な行動を取ってはいけない」

 著者は、この小説のあとがきで、自分は父と娘の物語を書きたかった、と告白し、つい筆が滑って、若い二人の間柄を描くことに比重がかかったのではないかと懸念している、と言っている。実話に近いこの小説がそのような思いで書かれるほど、著者の妻への感謝の思いもさることながら、義父への感謝も強いのだろう。序に私的なことを言えば、私の父が昭和30年代に肺病になった時、伯父がいち早くこの方に相談し、この方から安静その他の療養について注意事項が書かれた手紙を寄越してくださったことを思い出す。

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(旧約聖書 エレミヤ29・11)

(写真は著者の菅平の山荘。今は冬、昨日は関東でも冠雪に見舞われた。緑が懐かしい!)

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