2016年9月18日日曜日

強力な慰め


主は、すべてのわざわいから、あなたを守られる。(詩篇121:7)

 あなたはそのことを信じていますか。しかし、私たちのちっぽけな信仰をご存知の主は決して孤立した約束を与えられないのです。主は強情な無視によらない限り、誰にも見過ごしたり、誤解する機会をそのままに放置はなさらないのです。なぜなら、そのことは必ずみことばの他のところで確言されているからです。

 だから、主は他の言い回しで同じ強力な慰めを与えられたのです。「正しい者は何の災害にも会わない(箴言12:21)。」「七つ目のわざわいはあなたに触れない(ヨブ5:19)。」主は私たちを「取り巻く火の城壁(ゼカリヤ2:5)」であります。どんな防御設備も貫通できない、いいや近寄り難いほどであります。そして「あなたがたに触れる者は、わたしのひとみに触れる者だ(ゼカリヤ2:8)。」と言われるのです。もっとも小さく触れても私たちを愛し救いの力のある主によって感じとられるというのです。

 そうです、主は「(もし、あなたがたが善に熱心であるなら、)だれがあなたがたに害を加えるでしょう(1ペテロ3:13)。」と言われるのではないでしょうか。

あなたの力 あなたの愛 あなたの誠実を
唇といのちによって 私は強く誉め称えたいです 
あなたの誠実が私のとりでです
あなたの愛は私の太陽
あなたの力は私の盾
最も真っ暗な夜にあって
最も激しい戦いにあって
唇といのちによって 私は強く誉め称えたいです 
あなたの力 あなたの愛 あなたの誠実を
 
(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/september-18-strong-consolation/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97426です。

※Godhold Beck(27)
 ベックさんはドイツ人であった。ベンツに乗って高速道路を軽井沢に向けて走らせられるとかよく聞かされた。けれども残念ながら私は一度もベンツに乗られたベックさんを見たことがない。私の記憶にあるのは、もう忙しくご自分で運転されず、この車のようにどなたかの日本車に乗せられて、左側の助手席から手を振られるような光景ばかりだ。

 今日の写真は葬儀の折、たくさんあったパネルの写真の中で娘がこの姿が一番好きだと撮影してきたものだ。でも娘と言わず多くの方がこの写真を愛好されたようだ。もちろんそれぞれその思いは異なるであろうが・・・

 ところでこの車に関して、私にとってはいつまでも忘れられない何度も経験した光景がある。それは家庭集会の朝から夜に至るまで、まる一日我家に滞在され、二回の集会を持たれるのだが、その上、集会が終わっても何人かの方との深刻な相談事のお交わりが次々と続き、夜遅く帰られる時のことだ。私たち家族は玄関に出て見送る。その折り、一人一人に握手し名前を呼び、声をかけられる。短い言葉だが要を得たことばだった。上の二人の息子はそれぞれ仕事などでいなかったかもしれないが、下のまだ中学生・小学生であった三人の子どもも交えてお見送りするのだから大変だった。お疲れのところなのに恐縮するばかりであった。

 ややあって車は私たちのもとを静かに離れる。ベックさん一行にとっては、やっと解放される一時であったろう。しかし、それが終りではなかった。今度は身を乗り出さんかのばかりの勢いで手を振り挨拶をされる。さらに進めば、後ろ向きのまま車窓から出された大きな手が振られるのだ。家の前の道路はかなり長い一直線なのだが、曲がり角に行くまで続いた。だから、私たちも負けじと最後まで手を振り上げ、感謝の思いを返すのだった。

 その姿はそれから四半世紀を過ぎた今も脳裡に焼きついている。子どもたちにとっても忘れられない光景であったろう。徹底的に主に仕え、人に仕えられた一宣教師の姿をこのようにして間近に見させていただいたことは私たち家族にとって何物にも代え難い大きな財産であった。) 

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