2016年7月8日金曜日

信仰から信仰へ

麗しき 瑠璃玉薊(るりたまあざみ) 勢揃い

なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。(ローマ1:17)

 私たちが信仰から忘恩へと進むと、それに対する助けはないように見えます。私たち自身のうちにもありません。しかし「だれがあなたを助けよう(ホセア13:9)」と言われるイエスご自身はお約束を与えられる以前にこれに対抗する用意をしておられました。主は言われました。聖霊はあらゆることを私たちに思い出させてくれるであろう(訳者注ヨハネ14:26)と。

 全能の聖霊がイエス様により力づけようと遣わされるとき、私たちの貧弱な記憶に責めを置くことは無駄です。この約束をほんとうに活用しましょう。そしてそれが直面する必要のために聖霊が確かに十分であると知りましょう。

 聖霊はできるのです。そして聖霊は私たちにその聖なる祝福された想起を与えてくださいます。 それは主の御存在とお約束を思い起こす雰囲気のうちに私たちを住まわせることがおできになるのです。それらをとおしてすべての他のことは想起を取り除かないで通り過ぎていくことができますように(through which all other things may pass and move without removing it.)。

おお 彼女の心はお見通しだ 
彼女の心はお見通しだ
その視力は強く素早く自由だ 
決して死すべき者の目による知識ではない

大変深く遠くまでまた高きところまで
見通すことができる
わしの眼力のように 
非常に高い、太陽の照らされる要塞に住み
世を凌駕する信仰 

望みと喜びの旗をひるがえして 
神様の完全な平安をもって駐屯し
決して終わることのない
歓喜の歌を鳴り響かせて
すばらしい輝きと広さをもって
神の愛という栄光の光を
あふれさせる 

(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/july-8-from-faith-to-faith/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97354です。

マライア・ハヴァガルの伝記 1章 幼年時代(12)

 祖母は早起きだった。私もそうした。六時から七時まで彼女はいつも、窓近くのベーズのクロスを敷いた丸いテーブルで聖書を読むために腰かけていた。私は何度も駆け出して行っては覗いたものだ。「おばあちゃんはなせいつも目を閉じているの。眠っているの。」とそう尋ねた。すると「いいや、おばあちゃんはmeditating〈瞑想〉しているのよ。早く行って遊んで来なさい。」
 「meditating」ということばは私の単語帳にはなかった。ナニー婆やも知らなかった。ある日祖母は私に「meditating」について話ししてくれた。それで私は祖母が詩篇やそれぞれの章句を読んでいる時、神様は祖母に大変近くにおられるに違いないし、のちにはその「meditation」は神様とおばあさんが話しをしているのだと思うようになった。
 私は赤いレザーが見返しについている数冊の褐色の本、ハーヴェイのmeditationsに見入ったが、言葉が余りにも難しかった。
 父は長く滞在しないで、大きな幾冊かの本を残して置いた。祖母は人生の大半偉大な読み手の一人だった。祖母は私にフランス語の手ほどきをし、私にフランスの修道院での彼女の学校生活や、さらには大革命が起きた時、カレーから無甲板船で脱出したことについて話してくれた。The Lady Abbess and the Sistersが英国にやって来た。
 祖母の手紙は美しく、ポール・ロワイヤル修道院の精神に満ちていた。しかし祖母をプロテスタントの信仰に力強くさせたのは修道院生活であった。彼女は本物を見てしまったので、私たちの教会が「冒瀆的な寓話や危険なペテン師」だと呼ぶものを大層嫌った。私は確信を持って言うが、一人の女性に向かって決して祈りたくないし、いったい処女マリヤがどのようにして世界中のすべてのことを聞くことができると言えようか。私のために死なれたのはイエスのやさしさであって、私は処女マリヤがそのことあのことを私のためにしたとは認められなかった。私は決してローマ・カトリックの信徒となるまいと決めたのだった。
 私の初期のプロテスタントの考えはアイルランドやフランスに滞在した後の生活によると確信している。) 

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