2016年6月29日水曜日

あなたのためにある主の足

その足は、純金の台座に据えられた大理石の柱。(雅歌5:15)
そのことばは甘いぶどう酒。あの方のすべてがいとしい。エルサレムの娘たち。これが私の愛する方、これが私の連れ合いです。(雅歌5:16)

 主の御足はあなたのためにあるのです。御足は非常にしばしば疲れていました、傷ついていました、そして一度血を流されたのです。御足は主が正しいことをなさるために出歩かれた時、そして苦しみを受けるためにエルサレムに上られた時、明確な足跡を残されました。そしてこのような「主のもっともきよいいのちの祝福された歩み」は代用品として、模範として、どちらもあなたがたのためだったのです。

 私たちが待ち、学び、そして憩い、愛するところは主の足もとです。そして依然としてこの祝福された足は主が再び私たちを受け入れるために来られるまで、「彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む。」(黙示録3:4)というみことばが実現されるときまで、あなたがたのためにあるのです。

おお救い主様 
私のわがままな
迷いだす心を
あなたに結びつけてください
そうすれば
私はあなたの祝福にしっかりと
つながっていられるでしょう
そしてもはや
あなた様、私の愛する贖い主、
あなた様、私の心の王から
離れることはないでしょう

そして
私に
日々あなたにつき従う恵みを
喜びと楽しみをとおして
あるいは憂いと悲しみをとおしても
お与えください
聖にして喜びのあるあなたの輝かしい故郷に入る
入口が私に与えられる時まで
 
(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/june-29-his-feet-for-you/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97345です。

マライア・ハヴァガル自伝 幼年時代(3)
 私は1821年11月15日にグローセスターシャーのコーレー・ヴィカレージで牧師ウイリアム・H・ハヴァガルとその妻ジェインの間の三番目の子どもとして生まれた。私の洗礼は二巻の説教集といくつかの家庭礼拝の祈りの著作のある牧師エレミヤ・スミスによって翌年の3月19日に授けられた。まだ幼児であったとき、父はこの地での責任を離れてウォーセスターシャー、アストレーに赴いた。父が1870年に亡くなるまで私は誕生の地を再訪することがなかった。父の足跡は50年後も消えずにはっきり輝いていた。それらの記録を姉のミリアムによる父の思い出のために書き留めた。
 私が最初に罪を意識した生々しい思いは特異だった(あとで触れるが)。50歳の時、生まれた部屋の窓、そして洗礼を授けられるためにそこを通って連れて行かれた教会入口の門を懐かしさのあまりじっと凝視したものだ。確かに私自身の子ども時代の記憶は私が洗礼を授かっていても生まれ変わっていなかった、主のいのちをいただいていなかったことは明らかだった。

※たまたま、フランシス・リドレー・ハヴァガルの上記の霊想にはイエス様御自身のfootprintsが書かれ、姉のマライア・ハヴァガルの自伝には彼女たちの父のfootprintsが書かれていた。イエス様のfootprintsの訳は困らなかったが、後半のfootprintsの訳は自信がない。むしろこれは墓碑銘のようなものかと想像したのだが・・・でも、同時に別々のことを目的としたブログ記事で同じfootprintsが登場したなんて、こんな不可思議な一致があっていいものか。
 昨日も別件だが、吉祥寺の改札口を通ろうとした時に日頃お手紙を書かねばならないと思っていた方と駅構内でまたすれ違った。これで二回目の遭遇である。前回は一二ヵ月前に吉祥寺の雑踏する街中でやはり偶然にお会いした。昨年9月に初めて知己を得て、2月にもお会いした方なのだが、その後ご無沙汰しており、お会いする機会もないまま、この上はお手紙で福音を何とかお伝えできないものかと思っていた方との遭遇であった。このことも主の導きとしか言えない。)

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