2016年4月13日水曜日

主とともに歩む一歩一歩

主は聖徒たちの足を守られます。(1サムエル2:9)

    きわめてありふれた考えだからと言って、微笑んでいるだけではいけない。もし、私たちの足が自分のものでないなら、持ち主である主のために気を配るべきではないか。少なくとも私たちの奉仕が足によって妨げられる恐れがあるとき、前もってか、後知恵によってか、守られたかも知れないのに、「足が濡れること」を気にかけないのは、全く正しいか。

    この種の小さな事柄において、主の働きのための熱意があっても、不注意によって不安な友達を当惑させるのは主を喜ばせるのだろうか。私たちが一足、一足ごとに、愛する主の歩みにもっともっと似るようになれるように。歩むたびにいつも主を思い、主であったら、されたであろう使い走りをし、主の「すぐ後について行こう」。

    そして、私たちの足が天なるエルサレムの門にたどり着く時を待ち望もう。その時、聖なる足は聖な都の街路を踏み行く。もはやいかなる意味でもひとりぼっちの道を歩いているのではない。主は「彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む」(黙示3:4)と仰った。

主の子どもたちの道を照らす輝き
その輝きによって、迷うことを望まない歩みは指図を受け
完成の日に向かって絶えず導かれるのだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿