2016年10月10日月曜日

やさしい救出

相集う 回忌の席に 紅葉あり※

あなたは、(滅びの穴から、)私のたましいを引き戻されました。 (イザヤ38:17)
それゆえ賛美しよう。(イザヤ38:20)

 鳩は、水がまだ全地の表にあったから、足の休み場を見出せず、ノアのところに戻った。その時 、「彼〈ノア〉は手を差し伸べて鳩を捕え、箱舟の自分のところに入れた(創世記8:9)。」

 私たちの無力さと弱さを象徴する、この小さく無力で疲れきった鳩。一方、もはや閉め切られた窓に向かい、羽ばたきをして打ちつける私たちを放置せず救い、「箱舟の主のもとに」引き入れて下さる親切で強いやさしい手。これは何という美しい絵柄であることでしょうか。

 つまり、私たちは型の一面である父なる神様の愛と、あなたを安全に受け入れ、休ませてくださる、もう一面の御子の愛を知るのです。 

おお 救い主を探し求めている者たちよ 
信仰と愛のうちに見上げなさい
日のあたるところへ昇ってきなさい 
明るく暖かい 上なるところへ
もはや谷間を歩まず 主の手にしがみつき
光きらめく頂上に上り 栄光ある地を見渡しなさい 

私たちのハープの調べはいやましに甘く
トランペットの音はさらにはっきりと
讃歌は大きく鳴り響き 全世界が耳を傾ける
おお 私たちの音楽は 高貴たらんか
贖われし者たち 王のこどもの 
コーラスの如く 誰か歌わしめん
 
(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/october-10-tenderly-delivered/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97448です。

※Godhold Beck(49)
 昨日は家内の祖母、父、母のそれぞれ33回忌、13回忌、7回忌があった。25、6年前、ベック兄もここに来て下さった。そしてこの仏間に面している庭も見られた。さすがにその時、ベック兄も大きな仏壇の前に招かれて緊張しておられたようだ。祖母はもう亡くなっていたが、父母とも浄土真宗の門徒、ましてや江戸期には宗門改め帳を管理していた家柄である。父母また宣教師を自分たちの座敷に上げることに一抹の不安があったのではないか。

 しかし取りつく島のなかったベック兄と義父母との会話の緊張が破れた一瞬があった。それは義父がドイツ人であるベック氏に敬意をあらわす思いで、ひとこと、義父の尊敬する、お国の「ビスマルク〈首相〉」に話題を向けた時だった。ベック兄、待ってましたとばかり、そこから一気に福音の頂点にまで達せられた。それもそのはず、ベック兄は結婚式のメッセージで時折ビスマルクのことを紹介されるぐらい、ベック兄もまたキリスト者ビスマルクを尊敬しておられたからであった。

 そのお陰でやっと双方に和やかな時間が漂い始めた。その時にベック兄が撮られた写真が「光よあれ7集」の341頁にある。もちろん義父はまだ表情が固いように見えるが、それでも義理の姪はピースサインをしている。彼女も今や二児の母である。) 

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