2013年3月5日火曜日

近江の箱舟(中)

桜川駅下りホーム、やや暗い、日曜朝はこんな天気だった
人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。(新約聖書 ルカ19・10)

やっと乗り込んだその方は、先に座を占めている私たちに話しかけられるのだが、今ひとつことばが聞き取りにくかった。婦人方はそれでもやさしく何とか話を聞こうとされる。そのうち私もその輪の中に入って行った。話の中でその方がカメラ片手に「朝日大塚」の池の撮影に出て来られたことがわかってきた。カメラを出して写真を見せて下さった。過去の写真なのだろうか、春先の野原の美しい写真で、みなで褒めそやし、車内はにぎやかになった。

不自由なからだでどうして一眼レフを自由自在に動かし、シャッターが切れるのか私にはふしぎだった。そのうちに彼が最初からからだが不自由なのではなく、20年ほど前に脳梗塞で倒れ、半身不随になり、さらには若くして奥さんを交通事故でなくされたことまでもわかってきた。私はいても立ってもいられない気持ちになり、友だちになりたいから、名前と住まいを教えてくれと申し上げた。彼は私のノートにスラスラと書き、最後に70歳ですと付け加えた。全くもって私と同年齢の方で、互いにさらに親しみを覚えた。そんなこんなで、私も八日市で降りることは念頭にあったのだが、うっかり乗り過ごしてしまったのだ。

慌てて降りた駅は「桜川」という名前だったが、もちろん始めての土地だった。先ほどから、車内で急に親しくなったご婦人方も私のこのドジぶりを知って同情しながら、笑顔で車内から送り出してくださつたが、あっと言う間に電車は走り去り、あとは私一人が無人駅に取り残された。もうとても近江八幡に10時に着くのは無理と観念せざるを得なかった。上り方面の電車に乗って再び八日市まで引き返さなければならない。何しろ一時間に一、二本という運行が当たり前のローカル線だ。

しかし、初めて降りる駅はそれはそれで楽しいものだ。駅待合室で上り列車の時刻を調べ、四駅乗り越したことも始めて自覚したが、待合室のウインドウに短冊に記された子どもたちの俳句らしきものをみつけた。時間潰しに見ているとそれぞれの子どもたちの特徴が字や絵、文章にあらわれていて片時楽しませてもらった。そのなかに、こんな作品があった。「原始人 今日のえものは みなで分け」どこかで読んだような気がしたが、こんなやさしい心を子どもが希求しているのを知り、心が暖かくなってきた。

しばし、待つ間に電車が入って来た。あわせて無人駅なのに、スピーカーを通して「上り列車、下り列車とも約5分ほど遅れて到着します。お急ぎのところ大変申し訳ありません」というアナウンスが流れた。私は、いいんだ、いいんだ、あの運転士さんが一人の方を積み残さず動かれた愛ある行動が本部にも受けとめられ、この司令塔からのアナウンスになったのだと了解した。原始人万歳!ローカル線万歳!なぜか私の心は主を礼拝する前から満たされていた。

結局八日市に戻った私は近江八幡には10:40には着くことができた。しかし、この話はまだ先がある。

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