2016年3月12日土曜日

熟慮

私は、私の前に行く家畜や子どもたちの歩みに合わせて、ゆっくり旅を続け、あなたのところ、セイルへまいります。(創世記33・14)

 ヤコブの家畜や子どもたちに対する思慮あふれる物語は美しい小さな一幅の絵であります。彼は一日でも彼らを過度に動かせたくなかったのです。「あなたもご存じのように、子どもたちは弱く、乳を飲ませている羊や牛は私が世話をしています。一日でも、ひどく追い立てると、この群れは全部、死んでしまいます。」(13節)とヤコブは言いました。

 ヤコブはエサウが期待することに合わせるのでなく、子どもたちや家畜が耐えられることに合わせてだけ動こうとしていました。「さあ、旅を続けて行こう。私はあなたのすぐ前に立って行こう。」(12節)とエサウは言いましたが、ヤコブはたくさんのものを携えていたので一日にどれだけ行けるかを正確に知っており、足並みをそろえるための熟慮だけをなしました。恐らく彼自身の不自由な大腿部※が「家畜の足」や「子どもの足」に対する配慮をさらに慎重にさせたのでしょう。

 その上、ヤコブは以前同じ荒野の旅を経験していました。(29・1)その時はまだ家畜も子どもたちもいなかったのですが、ヤコブは自らのその個人的な体験をとおしてその旅路の荒涼とした様や熱さ長さについてのすべてを知っていました。だから彼は言いました。「私はゆっくり行きます」と。
 
 あなたが一日にどれだけ通過し、移動して行くかをいかなるエサウも答えられない者であることを知るのは心がリラックスさせられることではないでしょうか。「彼ら」は知らないし、あるいは知っていても、弱さや後退を経験していないのです。恐らく彼らはあなたが、もっと良い働きをし悩みや悲しみにもっと勇敢に立ち向かって、もっと遠くへもっと早く達しないのを不思議に思うでしょう。

 そして、おそらくあなたは彼らが知らないということを知っているだけで、一語も発せられず傷つけられたと感ずることでしょう。それですから「弱い群れ」であるあなたの良き羊飼いに向きを変え、羊飼いなるお方があなたを覚えておられることを思い出しなさい。そのお方にすべてを打ち明けなさい。なぜなら「神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されて」(ヘブル4・13)いるからです。

私たちの父なる神様、あなたは御約束なさいました。
あなたはまことに知っておられます。
私たちの深奥の願いを、またたくさんの必要を
あなたの恵みの泉は決して涸れません
あなたの栄光のうちにある豊かさが供給されるからです
私たちの糧は与えられ、私たちの水も確かです
何物も洩れるものはありません
あなたのみことばは忍耐を教え
あなたのみことばは力であります

(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/march-12-consideration/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97236です。
※言うまでもなく創世記32・22〜32の出来事である。私もまた1969年3月12日、47年前のこの日を忘れてはなるまい。2011年3月11日が国家的な大きな悔恨の時として人々に追想されるに従い、この5年間その日を忘れがちであった。当時無神論者であり、反キリストであった私に対して決定的とも言える主なる神からする上からの鉄槌が下された記念すべき日である。箴言23・13〜14。回心のきっかけとなったこの出来事から今日で47年目である。

第3章 声と筆によって(2)The Life Story of F.R.Havergal by Jennie Chappellより

 この若い女流作家は受け取った最初の小切手を全部主の御用のためにささげたのが特徴的であった。お金の大部分は父にあげたが、〈父はその愛を受け取っただけで、実際は小切手は受け取らなかったのだが〉この父は彼がいつも心にかけていた儀式上必要な目的物のあれやこれやに当てることをはるかに望んでいたが、残った分は同様な働きのために彼女の手で分けられた。
 しかし、この最初の成功の喜びは、鋭く迫って来る失望の前触れに過ぎなかった。それは文学上の成功が望まれなかったことでなく、過重な仕事の上での心労が弱い体には余りにも負担が大きかったからである。医者の命令は「彼女は詩を書くか生きるかどちらかを選ばなければなりません。どちらも選択することは不可能です」であった。
 それで9年間筆は断たれた。この待機中の中断の後フランシスは最初の本『The Ministry of Song(歌の使命)』を発行したおり、この遅れは自らの健康管理の失敗の結果でなく、神様のご意志の直接的な干渉の結果だったと考えた。「なぜなら、主は本当に実を結び、さらに私たちの内に主の働きをなす最善の時がいつなのかをご存知だからである」と語っている。)

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