2016年3月3日木曜日

私たちの思いを越えて

キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。(1ペテロ3・18)

 もし私たちが私たちを大層愛してくれた人が死に向かって恐ろしい苦痛にあるのを振り返った時、私はいかなる心がどのようにそれに耐えるかをほんとうに知らない。もし私たちが、引き延ばされた苦痛は私たちの代わりに耐えられたもので、私たちを愛する以外にはこの世には何物もないがために耐えられたとはっきり知っていたとしても、やはりわからない。

 けれども、これに対して、私たちがその死にゆく人にひどい態度を取り、あらゆることをなし、今や取り返しがつかないほど、彼を悲しませ、彼の愛をほんの少しも顧みず、生来の愛情さえも取り戻せず、遠巻きに見ており、敵対する側に立ち、そしてそれから主のゆっくりとした痛みの恐ろしい詳細が語られ、いいえ私たちに示されたのだという知識がつけ加えられたら。いいでしょうか、もしあなたができるというのなら、私たちの良心の呵責を考えてごらんなさい。私にはとても出来ません。

 悲しみと感謝の重荷が押しつぶすことになるでしょう。そして、もしなおも私たちがその貧しくも時機を逸した感謝の思いを示す何らかの可能性がある方法があったとしても、私たちの鈍い愛をあらわすしかないのなら、いかなる犠牲をはらっても何一つ数えあげることはできないでしょう。

 唯一思うことは私たちは別の時間の安らぎを決して知ることがないのだということです。しかし、私たちの主がこうむられた苦難は、力と慰めと平安をもたらすというのが、主の苦難を思い出す不思議な力の不可欠な要素です。

 なぜならバンヤンは言っています。「主は主の悲しみによって私たちに安らぎをくださった」主にとっての死の苦痛は私たちにとってまさしく芳醇ないのちの泉なのであります。

 結局、いかに言葉の贅を尽くしてもあなたの心には力も真実もなく言葉が落ちていくように見えるのでしょうか。あなたにとって、そのことは何でもないのですか。それとも何もないよりはもう少しあるのですか。このことは全部真実だということをあなたが知らないということでなく、あなたの心が冷たく、あなたの理解力が機械的で、そしてあなたの信仰が無力化されているということを物語っているのでしょうか。

 感情は事実を変えないことを神様に感謝しなさい。神様はすべての他の罪はもちろんのこと、この罪に満ちた心の冷たさのためにも苦しまれたのです。神は苦しまれました。正しい方が不正のためにです。 私たちがこんなふうにして主の大きな愛に報いる時私たちは全く不正ではないでしょうか。

 
我が主よ、あなたは私のこのことを覚えていらっしゃいますか
私の愛はこれほど貧しく、冷たいのです。
おお、もし私があなたをもっと愛しさえしていたら

でもあなたは赦してくださった。注がせてください
あなたのために私のいのちの最上のぶどう酒を、私の心の最上の金を
(私の持っているものはすべて価値がありません) 


大変な恥に変えてあなたが私に話かけ、私の名前を呼んでくださったとは
主はこんなふうにおっしゃる、私はあなたを忘れない、と。

(今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/march-3-beyond-our-imagination/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97227です。今日の箇所も難解をきわめました。訳には自信がありません。

 最近二冊のハヴァガルに関する邦訳の本の存在を知りました。一冊は『人生のかぎ』V・レイモンド・エドマン著舟喜信訳いのちのことば社、もう一冊は『賛美歌・聖歌ものがたり』大塚野百合著創元社です。前者は私の書棚に眠っていましたが、今まで気がつきませんでした。後者は図書館で借りました。後者は比較的手に入れやすい本です。関心のある方はお読みになることをお勧めします。なお以下の伝記はこれまでどおり、Jennie Chappellの筆による四人の女性の生き方にちなんだ作品で、ハヴァガルに関するものの続き物の訳です。この個所も残念ながらわかりにくい文章となってしまっている。

第2章 光彩(9)The Life Story of F.R.Havergal by Jennie Chappellより
 フランシス・ハヴァガルは外見上ははちきれんばかりに元気いっぱだったが、ほんとうは健康に恵まれていなかったふうに思われる。彼女の風貌が伝えた喜びと輝きの印象についての記事を読んでからだと、彼女がある晩、ガラスの中に映った顔が紅潮していたことから、空想することに病的に喜びのスリルを味わっていたことを知るのは不思議なことである。恐らく当時彼女はそのようなものを求めるとりこになっていたのだろう。
 19世紀の強力な常識は「1850年代」の弱い感傷主義を打ち負かしてしまった。今やフランシスのような善良なキリスト者少女は主に仕えるにあたり少しでも役に立つため長い寿命を見込むことに喜びを感じたものだが、半世紀前の宗教上の文学や思想は早世や一日も早く至福の時に至ることをすぐれて魅力的だと説明していた。) 

0 件のコメント:

コメントを投稿