2016年3月17日木曜日

動かす愛

というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。(2コリント5・1)
 
 あなたはキリストを愛していますか。もしあなたがほんとうに主を愛しているなら、確かなところあなたは主に明け渡し、主におまかせすることを決してためらわないでしょう。主はあなたを愛しておられますか。

 その質問はそのことを確かめる、より真実な方法です。というのは、それはキリストへの私たちの愛ではなく、私たちを取り囲んでいる私たちへのキリストの愛だからです。

 そしてこれが行動の要因であり、行動を維持する方式であります。蒸気機関は火が灯されない限り動きません。また火が消えても動きません。どれほど機械が完全であり燃料が豊かであっても冷たい石炭では動かすことも、動きを維持することもできないでしょう。

 主に、与えられる聖霊をとおして私たちの心に主の愛を及ぼしていただくよう求めましょう。そうすれば、日ごとの生活のあらゆる行動は終りなく、活力とさえなるでしょう。

主は小さな子どもたちをそのように愛されます。
かわいいエリックは主を愛しているでしょうか。
思うに、天使たちはエリックの上に虹の微笑みを投げかけているにちがいないでしょう。
それは彼自身よりももっと明るいでしょう。それはその答えが真実である証しです。
イエス様、親切で正しいイエス様。私を愛してください、そうです、私をも愛してください。 

 (今日の箇所はhttp://bibletruthpublishers.com/march-17-love-that-moves/frances-ridley-havergal/opened-treasures/f-r-havergal/la97241です。

第3章 声と筆によって(7)The Life Story of F.R.Havergal by Jennie Chappellより
 フランシスのピアノ演奏は天賦のものであり、歌を歌うことにかけても同様であった。ベートーベンを学んでいる生徒はかつて彼女の『月光』の演奏が「完全だ」と話したことがある。その彼女の記憶によるとフランシスはヘンデルを弾き通すことができ、ベートーベンやメンデルスゾーンの大部分は楽譜なしで演奏したということだ。
 父のW.H.ハヴァガル牧師は1870年のイースター週の木曜日の朝77歳で召された。全く思いがけない脳卒中であった。

 ”愛の最後の言葉もなかった。全く突然に悲しみが私たちの上に襲ってきた。しかし、上なるふるさとへの輝かしい移転は雲におおわれていて、さようならの影さえともなわなかった。主の最後の受難節の夕べは讃美と祈りで閉じられた。そしてそれから終ることのないよみがえり、イースターの歌が歌い始められた”

 父の死後ただちにフランシスは父の『ハヴァガルの聖歌集』を発行する準備に取りかかった。この本はのちに『恩寵と栄光の賛美歌集』と題するC.B.スネップ牧師の賛美歌集と一緒にされ、幅広く用いられた。そしてその完成に向かってフランシス自身も数曲の創作曲を寄せることになった。) 

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