2022年3月29日火曜日

博愛の人、愛郷の人

イエスはそこを去って、郷里に行かれた。弟子たちもついて行った。(マルコ6・1)

 イエスの如く国境を超越し人種を超越した世界人にも『郷里』を思う心の切なるを見て、その人間味が私どもの心に響く。 主は昨年の春ガリラヤ伝道開始の当時も先ずナザレから始めて恐ろしく彼らの反感に遭い、直ちに『丘のがけ』から投げ落とされんとしたではなかったか(ルカ4・29)。わずか二、三日前にも『母と兄弟たち』がイエスを捕らえに来たではないか(マルコ3・33)。それでも主の御心はナザレに惹かれ、今一度福音を彼らの前に提供なさろうとした。

 今はカペナウムで行なった多くの驚くべき奇蹟がイエスを証明している。イエスのお心の中には『たといわたしの言うことが信じられなくても、わざを信用しなさい』(ヨハネ10・38)との念願が起こっていたのかもしれない。『ナザレから何の良いものが出るだろう』(ヨハネ1・46)との悪評をとった故郷の人を如何にしてか救いたいとの切なる願望から危険を冒して再び故郷を訪(おとな)い給うた。

祈祷

主イエスよ、あなたは人となりてこの地上を歩み、人として『郷里』を愛し給いしことを感謝申し上げます。願わくは、私たちをも博愛の人となると同時に愛国愛郷の心にも熾(さか)んなる者となし給え。アーメン

(以上の文章は『一日一文マルコ伝霊解』青木澄十郎著88頁より参考引用し、題名は引用者が便宜的につけさせていただいている。※選抜高校野球が行なわれている。昨日は準々決勝があり、金光大阪高と近江高の試合もその一つであった。劣勢を予想していただけに近江高を応援した。ところが試合は予想に反して6対1で近江が勝ち、明日の準決勝に進出することになった。対戦相手は浦和学院である。妻はどっちを応援するのと聞いてきた。「もちろん、近江だよ」と答えた。私たち夫婦は今は埼玉県民だが、郷里は滋賀県彦根である。)

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